向陽地区現存水神・水運系充実度:基礎

飯布水神社 いぶすいじんじゃ

最終確認 2026-07-29

磐田市向笠新屋に鎮座する。『静岡県磐田郡誌』(大正10年)は祭神を罔象女命とし、宝暦7年(1757)正月の建立で、遠江国周智郡の一之宮(小國神社)から勧請したものと記す。旧社殿は安政元年(1854)の震災で倒潰し、同年中に再建された。もと字屋敷脇にあったが、明治42年(1909)3月29日に許可を得て現在地へ遷座した。例祭日は1月11日。社名の「飯布」は、もと向笠竹之内にあった飯布明神社に由来する。

境内入口の石造鳥居。参道の先に社殿が見え、両側に石製の玉垣を巡らす。
境内入口の石造鳥居。参道の先に社殿が見え、両側に石製の玉垣を巡らす。(撮影:2026-08-29)

基本情報

飯布水神社の基本情報
神社名飯布水神社
読み方いぶすいじんじゃ
地区向陽
系統水神・水運系
住所静岡県磐田市向笠新屋427-1
主祭神罔象女神 郡誌
旧社格確認中
例祭1月11日(『静岡県磐田郡誌』大正10年による)
管理形態未確認
位置およその位置(現地未確認) 国土地理院
地図Googleマップで開く

境内の写真

写真をすべて見る

由緒

『静岡県磐田郡誌』(大正10年)の村社略記によれば、当時の向笠村向笠新屋字以之口に鎮座した。もと字屋敷脇にあったが、明治42年(1909)3月29日に許可を得て現在地へ遷座した。祭神は罔象女命。宝暦7年(1757)正月の建立で、当国周智郡の一之宮より勧請したものである。同書によれば、勧請にかかわった遠江国周智郡一之宮の神主・鈴木弾正・藤原貞倶、遷宮師の神官・片岡玄蕃、橋正勝、鈴木左近、藤原重定の銘記が大正期にもなお残っていたという。旧社殿は安政元年(1854)の震災により倒潰したため、同年中に再建された。これが現在の社殿である。例祭日は1月11日。 同書は付記として、飯布明神社がもと向笠竹之内にあり、朱印神田高3石5斗を有していたこと、向笠竹之内の住民がはじめ向笠新屋の地へ移住してこの明神社を産土神と仰いだこと、のち戸口が増え、太田川のほとりにあって水害の難があったことを記す。 ※当サイトの社名「飯布水神社」と同書の「水神社」の関係は、この付記に見える飯布明神社との合わせ名によるとみられるが、改称の時期は確認中である。番地427の一致から同一社と判断している。

出典

同じ系統の神社

同じ地区の神社

ATAWI SHRINE は各神社の公式サイトではありません。記載内容は公開資料と現地確認をもとに整理したもので、祭神・由緒には諸説がある場合があります。誤りのご指摘・掲載に関するお申し出は「このサイトについて」よりご連絡ください。