向陽地区現存その他・地域固有充実度:基礎

子倉神社 こくらじんじゃ

最終確認 2026-07-29

磐田市笠梅の宮ヶ谷に鎮座する。『静岡県磐田郡誌』(大正10年)は祭神を天兒屋根命・伊邪那美命とし、創立年度は不詳、当時の例祭日を10月17日と記す。氏子は200戸。同書は社名を「小倉神社」と表記しており、現在の「子倉」との異同は確認中である。春日の祭神である天兒屋根命と熊野の伊邪那美命を併せ祀る点も、合祀の経緯を示す可能性があるが確認中である。

境内正面から見る社殿。石積みの基壇上に木造社殿が立つ。
境内正面から見る社殿。石積みの基壇上に木造社殿が立つ。(撮影:2026-08-29)

基本情報

子倉神社の基本情報
神社名子倉神社
読み方こくらじんじゃ
地区向陽
系統その他・地域固有
住所静岡県磐田市笠梅1156
主祭神天児屋根命・伊邪那美命 郡誌
旧社格確認中
例祭10月17日(『静岡県磐田郡誌』大正10年による)
管理形態未確認
位置およその位置(現地未確認) 国土地理院
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由緒

『静岡県磐田郡誌』(大正10年)の村社一覧による。当時は向笠村に属し、笠梅字宮ヶ谷に鎮座した。祭神は天兒屋根命・伊邪那美命、創立年度は不詳、例祭日は10月17日と記される。同書の一覧は社名・祭神・鎮座地・創立年度・例祭日・氏子戸数を列記したもので、由緒の記述は伴わない。なお同書の社名表記は「小倉神社」である。 同書は【文書及記伝】として『遠江国風土記伝』(社部)を引き、子倉神社を式内社に比定する説を紹介する。すなわち、この地のあたりは天竜川の洪水のたびに村が流亡し、わずかに名を残すものがあるにすぎないとし、海辺の村にあった子安明神を移して祀ったものか、あるいは長上郡飯田村で倉稲魂命(稲荷明神)を祀って子倉神社と称したものを移したものか、と推測する。 また同書は、境内社を山王神社と称し、祭神は大山咋命であるが由緒が伝わらないため詳細は不明とし、正徳元年(1711)11月10日の再建棟札に「当所産神 山王大権現」とあることを記す。 ※いずれも近世の地誌が伝える推測であり、式内社への比定については学説が分かれる。断定はできない。

出典

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