竜洋地区現存その他・地域固有充実度:基礎
白羽神社 しらはじんじゃ
最終確認 2026-08-04
磐田市白羽、遠州灘に近い砂丘上に鎮座する。『静岡県磐田郡誌』(大正10年)は祭神を長白羽命および倭健命とし、創立年代は不詳とする。同書は、文武天皇4年(700)に遠江の海辺一帯へ牧が定められ、牛馬が放たれたこと、その牧を管する大伴氏が当社に奉仕したとの伝えを載せる。明治42年(1909)に境内社の若宮神社・金山神社・八幡社・吾妻稲荷神社の四社を合祀した。明治6年(1873)に郷社に列している。

基本情報
| 神社名 | 白羽神社 |
|---|---|
| 読み方 | しらはじんじゃ |
| 地区 | 竜洋 |
| 系統 | その他・地域固有 |
| 住所 | 静岡県磐田市白羽438 |
| 主祭神 | 長白羽命・倭健命 郡誌 |
| 旧社格 | 郷社 |
| 例祭 | 10月15日(『静岡県磐田郡誌』大正10年による) |
| 管理形態 | 未確認 |
| 位置 | およその位置(現地未確認) 国土地理院 |
| 地図 | Googleマップで開く |
境内の写真
由緒
『静岡県磐田郡誌』(大正10年)によれば、当時の掛塚町白羽字大白羽に鎮座し、祭神は長白羽命と倭健命。明治42年(1909)3月11日の許可により、境内社の若宮神社・金山神社・八幡社・吾妻稲荷神社の四社を合祀した。創立年代は不詳とするが、同書は遠江の海辺が相良御崎から浜松以東まで一帯の松原であり、文武天皇4年(700)に牧地が定められて牛馬が放養され、牧を管した大伴氏が当社に奉仕したとの風土記伝の記述を引く。明治6年(1873)郷社に列し、明治40年(1907)3月15日の静岡県告示第64号により神饌幣帛料供進社に指定された。安政元年(1854)の震災で社殿が倒壊し、慶長13年(1608)にも造営の事があったと伝える。
出典
- 静岡県神社庁「静岡県の神社」神社紹介ページ(参照先を開く)2026年7月29日確認
- 『静岡県磐田郡誌』静岡県磐田郡教育会編、1921年、第十三章(国立国会図書館デジタルコレクション pid 965680 コマ340)2026年7月29日確認
- 『静岡県磐田郡誌』静岡県磐田郡教育会編、1921年、第十三章(国立国会図書館デジタルコレクション pid 965680 コマ341)2026年7月29日確認
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