参拝の作法L12026-07-30
おみくじと絵馬 ── 引き方・結び方と、市内で受けられる社
おみくじの扱いと絵馬の書き方について、一般的な作法を整理し、あわせて磐田市内では授与を行う社が限られるという実際を説明します。
おみくじとは何か
おみくじは、神社や寺で受ける籤(くじ)です。吉凶と、それに添えた歌や説明が書かれています。
起源については、籤で神意を問うという古い習俗に由来すると説明されます。現在の形のおみくじが広まったのは近代以降とされ、各社が独自の文面を用いる場合と、専門の製造元が供給する共通の文面を用いる場合があります。
吉凶の段階も一定していません。大吉・吉・中吉・小吉・末吉・凶という並びが知られていますが、社によって段階の数や順序が異なります。「吉」と「中吉」のどちらが上かという問いに、全国共通の答えはありません。
当サイトは、おみくじの吉凶に運勢を予言する働きがあるという書き方をしません。何が書かれているかを読み、そこから何を受け取るかは、引いた人に委ねられていると考えます。
引き方と、そのあと
おみくじの一般的な扱いは、次のようなものです。
授与所で受けます。籤箱を振って番号の棒を出し、その番号の紙を受け取る形式、あるいは紙を直接引く形式があります。無人の社では、料金を入れる箱と籤が置かれていて、自分で引く形になっている場合もあります。
開いて読みます。吉凶を確かめて終わりにするのではなく、添えられた歌と、健康・仕事・待ち人といった項目の説明を読みます。おみくじの本体は、この部分だとする説明もあります。
そのあとは、持ち帰るか、境内に結ぶか。どちらでもよいとされます。「凶を引いたら結んで帰る」「吉なら持ち帰る」といった言い方がありますが、これも決まりではありません。
結ぶ場合は、指定された結び所を使います。樹木の枝に結ぶことは、木を傷めるため避けるよう案内している社が多くあります。無人の社では結び所がないことがあり、その場合は持ち帰るのが無難でしょう。
持ち帰ったおみくじの処分に決まりはありません。手元に置いておく、あるいは次に参拝したときに古札納所へ納める。いずれでも差し支えないとされます。
絵馬とは何か
絵馬は、願意を書いて神社に納める木の板です。
もとは生きた馬を神に奉納する習俗があり、それが土馬や木馬に替わり、やがて馬を描いた板になったと説明されます。馬が神の乗り物とされたためという解釈です。現在は馬の絵に限らず、社の紋や祭神に関わる図柄を描いたものが多くあります。
書き方に厳密な決まりはありません。願意を書き、氏名を添えるのが一般的です。ただし絵馬は掛所に掲げられ、誰でも読める状態になります。住所や電話番号といった個人が特定される情報は書かないほうがよいでしょう。氏名を伏せる、イニシャルにするという扱いも珍しくありません。
掛所に納めたあと、絵馬は社で一定期間保管され、のちにお焚き上げされるのが通例です。持ち帰って手元に置くという形もあります。
絵馬に願意を書くという行為には、書くことで自分の望みを言葉にするという側面があります。当サイトは、絵馬に願いを叶える働きがあるという書き方をしません。
磐田の実際 ── 授与を行う社が限られる
ここからは磐田の事情です。
おみくじや絵馬を受けたいと思っても、磐田市内では受けられる社が限られます。
当サイトが把握している市内145社のうち、神職が常駐していることを確認できたのは数社にすぎません。静岡県神社庁の掲載で授与品や各種御祈祷の案内があるのは、矢奈比賣神社(見付)、府八幡宮(中泉)、貴船神社(掛塚)の3社にとどまります。
『静岡県磐田郡誌』(大正10年)を見ても、事情は似ていました。同書が「代表者」欄に神職名を記す社は、市域146件のうち7件にすぎません。しかもそのうち三社――諏訪神社(大当所)、日吉山王神社(上野部)、秋葉神社(新開)――は同じ宮司の名で記されており、兼務であったことが分かります。
大半の無人の社には、授与所も、おみくじの箱も、絵馬の掛所もありません。拝殿の前に立っても、受けられるものは何もない。それが市内の神社の標準的な姿です。
年始や例祭の日には、氏子が授与品を並べる社もあります。しかし常設ではないため、日を選ばなければ受けられません。
何もない境内で
おみくじも絵馬もない社を訪ねたとき、することがないと感じるかもしれません。
市内145社は、9つの地区に分かれています。南部25社、豊岡23社、竜洋22社、豊田21社、福田17社、御厨17社、向陽11社、中泉6社、見付3社。数の多い地区は、集落が細かく分かれていた地域です。
こうした社の境内には、社殿と鳥居のほか、石造物があります。手水鉢、灯籠、狛犬、社号標。それぞれに寄進者の名と年紀が刻まれていることがあります。誰がいつ奉納したのか。個人か、講中か、氏子中か。読める範囲で読んでいくと、その社を支えてきた人々の姿が見えてきます。
社叢の樹種を見る、社殿の向きを確かめる、周囲の地形を眺める。おみくじを引くのとは違う関わり方が、無人の社にはあります。
当サイトは、石造物のデータを将来的に整備する計画を立てています。狛犬・鳥居・灯籠・手水鉢について、種別・年紀・石工・寄進者・所在社を記録するというものです。ただし、紀年が1912年(大正元年)以前の寄進者名のみを掲載し、それ以降は団体名や屋号のみを記す方針としています。近い時代の個人名は、現在のご家族が特定される可能性があるためです。
おみくじの文面を読む
おみくじには、吉凶のほかに和歌が添えられていることが多くあります。この歌が本体であるという説明もあります。吉凶は歌の趣旨を一語でまとめた見出しにすぎない、という見方です。
歌は古典から採られていることがあり、そのままでは意味がとりにくいものもあります。多くの場合、下に現代語の説明が付されています。健康、仕事、待ち人、失せ物、旅立ち、商い、学問といった項目ごとに短い助言が並んでいる形式もよく見かけます。
これらを読むのに数分かかります。その数分が、おみくじを引くという行為の中身でしょう。吉凶だけ確かめて畳んでしまうと、受け取れるものはほとんど残りません。
授与品という仕組み
おみくじや絵馬、お守りといった授与品は、神社の運営を支える収入でもあります。
授与品を用意するには、在庫を持ち、授与所に人を置く必要があります。参拝者が一定数いなければ成り立ちません。無人の社に授与品がないのは、手を抜いているからではなく、成り立たないからです。
『静岡県磐田郡誌』(大正10年)は各社の氏子戸数を記録しています。八雲神社(川袋)の1215戸、田中神社(中泉)の1100戸、八王子神社(前野)の1030戸という大きな社がある一方、浅間神社(小島)は8戸、神明神社(東平松)は8戸、金山神社は5戸という記載もあります。数戸の氏子で支えられてきた社に、授与所を置く余地はありません。
それでも社殿は残り、祭りは続いてきました。授与品の有無は、その社の価値を測るものではありません。
吉凶にどう向き合うか
おみくじで凶を引いたとき、気にする方がいます。
おみくじは占いの道具として広まった経緯があり、吉凶が書かれている以上、気にするのは自然なことです。ただ、そこに書かれているのは多くの場合、注意すべき事柄と心構えです。凶の文面を読むと、慎重に過ごすようにという趣旨のことが書かれていることが多くあります。
吉凶を予言と受け取るか、助言と受け取るか。当サイトは後者に近い立場をとりますが、これは書く側の見方であって、正解ではありません。
一つ言えるのは、おみくじを引き直してよい社が多いということです。何度引いてもよいとする社もあります。厳密な決まりがないところに、この習俗の性格が表れているように思います。
絵馬を書くという行為
絵馬の掛所を眺めると、さまざまな願意が並んでいます。合格、健康、家族の無事、名前を伏せた個人的な願い。
それを読むこと自体を控えるべきだという考え方もあります。他人の願いを覗くことになるからです。当サイトが神社の写真を掲載する際、絵馬の文字が判読できる構図を避けているのは、その配慮からです。参拝者の顔が判別できる写真を使わないという方針と同じ考え方です。
絵馬は、書いた本人と神との間のものです。掛所に掲げられているという形をとりながら、公開を目的としたものではありません。
磐田市内では絵馬の掛所がある社が限られるため、書く機会そのものが少ないでしょう。それでも、社務所のある社に参ったときに一枚書いてみると、自分が何を望んでいるのかがはっきりすることがあります。願いを言葉にするという作業には、それだけの働きがあります。
おみくじと絵馬は、参拝を楽しくする仕掛けでもあります。引く、書く、結ぶ。手を動かす場面があると、参拝は記憶に残りやすくなります。
磐田市内でそれができる社は限られますが、できない社にも別の手がかりがあります。石造物を読む、社叢を見る、周囲の地形を確かめる。当サイトが各社の祭神・例祭日・由緒を整理しているのは、そうした手がかりを増やすためです。祭神が確認できたのは109社、例祭日は102社、大正期の由緒は112社。おみくじのない社でも、読めるものはあります。
結び所という設え
おみくじの結び所は、縄を張った柵や専用の枠として設けられます。参拝者が結んでいくため、季節が進むと白い紙で埋まります。
結び所を設けるには、定期的に外して焼く作業が必要です。放置すれば紙が朽ち、風で散ります。無人の社に結び所がないのは、その作業を担う人がいないからです。
設えの有無は、その社に日常的に人が入っているかどうかを映します。結び所がある、絵馬の掛所がある、幟の竿がある。そうしたものを見ていくと、その社がいまどう手入れされているかが分かってきます。批評するためではなく、理解するために、そこを見ておきたいものです。
出典・参考
- 神社本庁ほか公開資料
- 静岡県神社庁 神社紹介ページ
- 『静岡県磐田郡誌』(磐田郡教育会編・1921/国立国会図書館デジタルコレクション pid 965680)