参拝の作法L12026-07-30

子どもへの伝え方 ── 三つのことだけ教えれば足りる

子どもに神社の作法をどう伝えるかについて、最初は三つの動作だけで足りるという考え方を示し、無人の社が多い磐田で気をつけたい点を整理します。

三つだけ教える

子どもを連れて神社に行くとき、作法をどう伝えるかで迷うことがあります。

細かい手順を最初から教える必要はないでしょう。次の三つができれば十分です。

鳥居の前でおじぎをする。手を洗う。手を合わせる。

1鳥居の前で一礼参道に入る前に、社殿の方へ向かって軽く頭を下げる2参道を進む中央は神の通り道とされるため、端を歩くのが通例3手水舎で清める左手・右手・口の順に清め、最後に柄の部分を流す4拝礼する賽銭を入れ、鈴があれば鳴らし、二拝二拍手一拝5退出時にも一礼鳥居を出たところで社殿へ向き直り、一礼する
参拝の一般的な流れ(神社本庁が案内する形にもとづく。地域や社によって細部は異なる)

この三つは、参拝の流れの骨格にあたります。鳥居で一礼し、手水で清め、拝殿の前で拝礼する。細部を省いても、この順序は残ります。

拍手の回数、参道の歩き方、柄杓の使い方。こうした細部は、あとから覚えれば足ります。最初に全部教えようとすると、子どもにとって神社は面倒な場所になってしまいます。

動作の意味を尋ねられたら、そのときに答えればよいと思います。尋ねられないうちは、説明しないほうが身につくこともあります。

意味を尋ねられたら

「なんでおじぎするの」と聞かれたとき、どう答えるか。

1二拝腰を九十度に折る深いお辞儀を二度2二拍手胸の高さで両手を合わせ、右手を少し下げてから二度打つ3一拝手を合わせて祈念したのち、もう一度深く頭を下げる
二拝二拍手一拝の手順(出雲大社など拍手の数が異なる社もある)

神様のいる場所に入るから、という答え方があります。人の家に入るときに挨拶をするのと同じ、という説明も分かりやすいでしょう。

拍手について尋ねられた場合、当サイトとしては「音を出して自分がここにいると伝える」という説明を使います。ただし、これは複数ある解釈の一つです。邪気を祓うため、神を招くためという説明もあります。断定せずに、そういう説明があると伝えるのが誠実でしょう。

二拝二拍手一拝という形が、明治以降に整えられ戦後に定着したものであることも、いずれは伝えてよい事実です。出雲大社では二拝四拍手一拝、宇佐神宮も四拍手といった形が伝えられています。唯一正しい形があるのではなく、いま最も広く案内されている形だということです。

子どもに「正解」を教えるより、「いくつかの考え方がある」と伝えるほうが、あとで役に立つかもしれません。作法をめぐって他人を責めない態度も、そこから育ちます。

分からないことを「分からない」と答えることも大切でしょう。当サイトが記事を書くときに、断定を避け「〜とされます」という書き方を選んでいるのと同じ理由です。

磐田の実際 ── 無人の社が多い

ここからは磐田の事情です。

常駐が確認できる社 3兼務と確認できる社 3管理形態が未確認の社 139
磐田市内145社の管理形態(当サイトが確認できた範囲。大半は未確認で、実際には無人の社が多いとみられる)

当サイトが把握している市内145社のうち、神職が常駐していることを確認できたのは数社にすぎません。静岡県神社庁の掲載で各種御祈祷の案内があるのは、矢奈比賣神社(見付)、府八幡宮(中泉)、貴船神社(掛塚)の3社にとどまります。

大半は無人の社です。子どもを連れて行く場合、いくつか気をつけたいことがあります。

手水舎に水が張られていないことが少なくありません。「手を洗う」という三つのうち一つができない社があります。その場合は省いて構いません。水がないから参拝してはいけない、ということはありません。

境内が狭く、社殿の裏がすぐ民家という社も珍しくありません。『静岡県磐田郡誌』(大正10年)が記す境内地の坪数を見ると、無格社では11坪、17坪、27坪という社もあります。子どもが多少騒いでも気兼ねの少ない場所ではありますが、近隣に配慮が要ります。

参道が未舗装で、木の根が張り出している社があります。石段に手すりがない社があります。側溝に蓋がない社があります。足元のしっかりした靴を選び、手をつないで歩くのが安心です。

境内で遊んでよいか

境内で子どもが遊ぶことについて、考え方は分かれます。

かつて神社の境内は、子どもの遊び場でもありました。広場があり、木があり、日陰がある。集落のなかで公共的に使える空間は、社寺の境内が中心でした。

現在も、境内での遊びを妨げない社は多くあります。一方、参拝者の妨げになる、石造物を傷めるといった理由から控えるよう掲示している社もあります。

当サイトの立場としては、走り回ることを一律に禁じる必要はないと考えます。ただ、石造物に登る、玉垣を越える、社殿に触れるといった行為は避けるべきでしょう。石造物には寄進者の名と年紀が刻まれていることがあり、これが読めなくなれば資料が一つ失われます。

また、無人の社では周囲が住宅に接していることが多いため、声の大きさには配慮が要ります。社殿の裏がすぐ民家という社では、遊ぶ場所として使うのは難しいでしょう。

広い境内を持つ社なら事情が違います。『静岡県磐田郡誌』(大正10年)によれば、郷社の八王子神社(前野)は1033坪、若宮八幡宮(森下)は1849坪の境内地を持っていました。こうした社では、子どもが遊ぶ余地があります。

七五三と初宮参り

子どもと神社の関わりで最も分かりやすいのが、初宮参りと七五三です。

基礎 110未着手 35
充実度の内訳(全145社。「基礎」は祭神・例祭日・由緒のいずれかを資料で確認できた社)

初宮参りは、生まれた子を初めて神社に連れて行き、氏神に報告する行事です。男児が生後31日または32日、女児が32日または33日とするのが一般的とされますが、母子の体調や季節を優先して時期をずらすことも多くなりました。

七五三は、三歳・五歳・七歳の子の成長を祝う行事です。日取りは11月15日とされますが、この日でなければならないわけではありません。

いずれも、社殿に上がって御祈祷を受ける形と、拝殿の前で参拝するだけの形があります。御祈祷を受ける場合、市内では社務所のある3社が対象になります。

当サイトが祭神・例祭日・由緒のいずれかを資料で確認できたのは、市内145社のうち110社です。残る35社は『静岡県磐田郡誌』に記載を見いだせず、現地の確認が必要な状態にあります。氏神が無人の社であれば御祈祷は受けられませんが、参拝はできます。まず氏神に参り、そのうえで社務所のある社で御祈祷を受けるという二段構えも考えられます。

写真を撮る機会でもあります。社殿の内部や御祈祷中の撮影は多くの社で禁じられているため、事前に確認してください。ほかの参拝者が写り込まないよう配慮します。

祭りに連れて行く

祭りの日に連れて行くという方法もあります。

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例祭日が判明している102社の月別分布(資料の記載時点。現在の祭日とは異なる場合がある)

当サイトは、市内145社のうち102社について例祭日を確認しました。分布を見ると十月に集中しています。稲刈りを終えた時期に収穫を感謝する祭りを行うという、農村の祭祀の形です。

正月に例祭を行う社も八社あります。八王子神社(稗原)の1月2日、六所神社(鎌田)の1月7日、飯布水神社(向笠新屋)と熊野神社(向笠竹之内)の1月11日、八王子神社(下太)の1月15日、鹿島神社(岩井)の1月17日、賀茂神社(加茂)の1月20日、天神社(加茂)の1月25日です。

祭りの日には、普段は閉ざされている社殿が開き、氏子の方々が集まっています。幟が立ち、屋台が出る社もあります。年に一度、社が本来の姿を見せる時期です。

ただし、祭りは氏子の行事です。外から訪ねる場合、行列や神輿の進路に立たない、氏子の作業を妨げないといった配慮が要ります。子どもが屋台や神輿に近づきすぎないよう注意が必要です。屋台は重量があり、急に止まれません。

これらの日付は大正期の記録が中心で、現在も同じ日に行われているとは限りません。社頭の掲示や自治会の案内で確認してください。

近所の社を知る

子どもに伝えられることの一つは、近所の社の名前です。

南部25社豊岡23社竜洋22社豊田21社福田17社御厨17社向陽11社中泉6社見付3社
9地区別の神社数(当サイト登録145社。地区は当サイトの区分による)

市内145社は9つの地区に分かれています。南部25社、豊岡23社、竜洋22社、豊田21社、福田17社、御厨17社、向陽11社、中泉6社、見付3社。112の大字に分布しており、歩いて行ける距離に社がある家も多いはずです。

その社が何という名前で、何を祀っているか。当サイトは市内145社のうち109社について祭神を確認しました。多いのは天照大御神、誉田別命(八幡神)、素盞嗚尊、大山祇命、菅原道真です。

「あの社は八幡さま」「あそこは天神さま」と言えるだけでも、子どもにとって近所の見え方は変わります。名前のあるものとして認識されるからです。

社名の由来を調べてみるのも、子どもと一緒にできることの一つでしょう。市内には「六所」「十二社」といった数詞を名にもつ社があり、由来を考えると面白いものです。

当サイトの各社ページは、そうした調べ物の入口として使えます。祭神・例祭日・大正期の由緒を、確認できた範囲で記録しています。分からないものは分からないと記しています。

覚えてもらいたいこと

子どもに伝えたいことを、最後に整理します。

鳥居の前でおじぎをする。手を洗う。手を合わせる。この三つだけで、参拝は成り立ちます。

境内は誰かが手入れをしている場所である。ごみを残さない、石造物に登らない。それだけ守れば、迷惑をかけません。

作法には唯一の正解がない。社によって違い、時代によって変わってきた。だから、他人の参拝の仕方を責めない。

そして、自分の住む土地に社があり、名前があり、祀られている神がいる。当サイトは市内145社について所在地を整理し、祭神が確認できた109社、例祭日102社、大正期の由緒112社を記録しています。近所の社の名前を知っているだけでも、その土地との関わりは少し変わります。

作法は、神社に行きにくくするためのものではありません。行きやすくするためのものです。三つ覚えれば足りる、と伝えることが、いちばんよい教え方かもしれません。

子どもが大人になって、自分の子を同じ社に連れて行くことがあるかもしれません。そのときに、鳥居の前でおじぎをするという動作が自然に出るなら、伝わったということでしょう。

作法とは、そうやって受け継がれてきたものです。文献に書かれていたから続いたのではなく、親が子に見せてきたから続きました。『静岡県磐田郡誌』が拝礼の作法を記録していないのは、書き留める必要がないほど当たり前だったからかもしれません。

いまは当たり前ではなくなりました。だから当サイトが文章として書いています。けれども本来は、一緒に社に行って隣で頭を下げるだけで足りるものです。

出典・参考