参拝の作法L12026-07-29
初宮参りと七五三 ── 子どもの成長を氏神に報告する
生後初めての初宮参りと、3歳・5歳・7歳の七五三について、時期や作法の考え方を説明します。
初宮参り
初宮参りは、生まれた子を初めて神社に連れて行き、氏神に報告する行事です。
時期は、男児が生後31日または32日、女児が32日または33日とするのが一般的とされます。ただし地域差があり、百日目に行う地域もあります。近年は、母子の体調や季節を優先して時期をずらすことも多くなりました。真夏や真冬を避け、気候のよい時期に行うという判断は、十分に合理的です。
誰が抱くかについては、父方の祖母が抱くという習わしが伝えられてきました。産後の母親を休ませるという意味があったとされます。現在は母親が抱くことも、父親が抱くことも普通です。
服装は、子には祝い着(掛け着)を掛け、付き添いは略礼装とするのが正式とされます。ただし、洋装のベビードレスで済ませる家も多く、必ずそうしなければならないというものではありません。
行事の本来の意味は、その土地の氏神に子の誕生を報告し、氏子として認めてもらうことにあるとされます。産土神(うぶすながみ)という言い方もします。
七五三
七五三は、三歳・五歳・七歳の子の成長を祝う行事です。
男児は三歳と五歳、女児は三歳と七歳に行うとするのが一般的です。ただし地域差があり、男児は五歳のみ、女児は三歳と七歳のみという地域もあります。
それぞれに、もとになった儀式があるとされます。三歳の髪置(かみおき/髪を伸ばし始める)、五歳の袴着(はかまぎ/初めて袴をつける)、七歳の帯解(おびとき/付け紐から帯に替える)。武家や公家の儀礼が、時代を下って一般に広まったと説明されます。
日取りは11月15日とされますが、この日でなければならないわけではありません。近年は十月から十一月にかけての土日に分散しています。混雑を避けて時期をずらす家も増えました。
年齢の数え方については、数え年で行うのが本来とされますが、満年齢で行う家も多くなっています。とくに三歳は、数え年だと満二歳であり、長時間の着物や参拝に耐えられないことがあります。子の様子を見て決めればよいでしょう。
御祈祷を受けるか、参拝だけにするか
初宮参りも七五三も、社殿に上がって御祈祷を受ける形と、拝殿の前で参拝するだけの形があります。
御祈祷を受ける場合、事前の予約が要ります。修祓、祝詞奏上、玉串奉奠という流れで、二十分から三十分ほどかかります。子の名前と生年月日が祝詞のなかで読み上げられます。終わりにお神札や御守、千歳飴などが授与されます。
初穂料は、のし袋(紅白蝶結び)に「初穂料」と表書きし、下段に子の氏名を書きます。金額の目安は社によって示されていることが多く、予約の際に尋ねて差し支えありません。
参拝だけで済ませるという選択もあります。鳥居をくぐり、手水を使い、拝殿の前で手を合わせる。それでも氏神への報告にはなります。小さな子を長時間座らせるのが難しい場合、この形のほうが現実的なこともあります。
どちらを選ぶかは、家の考え方と子の様子によります。御祈祷を受けなければ意味がない、ということはありません。
磐田の実際 ── 御祈祷を受けられる社
ここからは磐田の事情です。
当サイトが把握している市内145社のうち、神職が常駐していることを確認できたのは数社にすぎません。静岡県神社庁の掲載で各種御祈祷の案内があるのは、矢奈比賣神社(見付)、府八幡宮(中泉)、貴船神社(掛塚)の3社です。
初宮参りや七五三で御祈祷を受けたい場合、実際にはこうした社務所のある社を選ぶことになります。市外の社に出向く家も少なくないでしょう。
『静岡県磐田郡誌』(大正10年)を見ても、事情は似ていました。同書が「代表者」欄に神職名を記す社は、市域146件のうち7件にすぎず、うち三社――諏訪神社(大当所)、日吉山王神社(上野部)、秋葉神社(新開)――は同じ宮司の兼務です。百年前から、神職の常駐する社は限られていました。
無人の社が氏神である場合、御祈祷は受けられませんが、参拝はできます。氏神に報告するという本来の意味を重んじるなら、まず氏神に参り、そのうえで社務所のある社で御祈祷を受けるという二段構えも考えられます。
兼務の神職に依頼すれば、氏神の社殿で御祈祷を受けられる場合もあります。ただし、無人の社では社殿の鍵の管理や設えの準備が必要になるため、氏子総代を通じた相談が要ります。簡単ではありませんが、不可能というわけでもありません。
氏神で行うか、大きな社で行うか
初宮参りや七五三をどの社で行うかは、しばしば迷うところです。
本来の意味からいえば、氏神です。その土地に住む者を守る神に、子の誕生と成長を報告する。それが初宮参りの趣旨とされます。
一方、現実には設備の問題があります。社務所があり、控室があり、祈祷の受付が整っている社のほうが、小さな子を連れて行くには楽です。写真館と提携している社もあります。
当サイトは、どちらがよいという書き方をしません。ただ、氏神という考え方があること、そして自分の氏神がどの社かを知っておくことには意味があると考えています。
旧社格を参考にする方もいるかもしれません。当サイトが確認できた範囲では、市内で旧社格が判明しているのは18社です。県社が鎌田神明宮と淡海國玉神社の2社、郷社が9社、村社が7社。ただし旧社格は戦後に廃止された制度であり、現在の格式を示すものではありません。格の高い社で行えばよいという性質のものではないことは、申し添えておきます。
写真撮影について
初宮参りも七五三も、写真を撮る機会です。境内での撮影について、いくつか気をつけたいことがあります。
社殿の内部は、撮影を控えるのが通例です。御祈祷中の撮影も、多くの社で禁じられています。事前に確認してください。
ほかの参拝者が写り込まないよう配慮します。とくに御祈祷を受けている家族を撮ることは避けます。
三脚や大きな機材を使う場合は、社務所に断りを入れます。参道を塞ぐ形での撮影は、ほかの参拝者の迷惑になります。
当サイトが各社の写真を掲載する際にも、同様の配慮をしています。参拝者の顔が判別できる写真は使わない、賽銭箱の内部や錠前の状態が分かる構図は避ける、といった方針を定めています。神社を紹介する行為が、そこにいる人や、その社の防犯に不利益をもたらしてはならないと考えるからです。
祭りの日と重ねる
初宮参りや七五三の日取りを決めるとき、氏神の例祭日を調べてみるという方法もあります。
当サイトは、市内145社のうち102社について例祭日を確認しました。分布を見ると、十月に集中しています。稲刈りを終えた時期に収穫を感謝する祭りを行うという、農村の祭祀の形です。
七五三の時期は十月から十一月ですから、氏神の例祭と重なることがあります。祭りの日には、普段は閉ざされている社殿が開き、氏子の方々が集まっています。その日に子を連れて行けば、御祈祷は受けられなくとも、地域の人に顔を見せる機会にはなります。
正月に例祭を行う社も八社あります。八王子神社(稗原)の1月2日、六所神社(鎌田)の1月7日、飯布水神社(向笠新屋)と熊野神社(向笠竹之内)の1月11日、八王子神社(下太)の1月15日、鹿島神社(岩井)の1月17日、賀茂神社(加茂)の1月20日、天神社(加茂)の1月25日です。
ただし、これらは『静岡県磐田郡誌』(大正10年)に記された大正期の日付が中心で、現在も同じ日に行われているとは限りません。平日の祭日を近い日曜に移した社は多いと考えられます。実際の日程は、社頭の掲示や自治会の案内で確認してください。
行事のあとに
初宮参りも七五三も、一日で終わる行事です。写真が残り、お神札が残ります。
そのお神札を家の神棚に納める家もあるでしょう。神棚がなければ、目線より高い清浄な場所に立てて祀ります。一年後、あるいは節目に、社に納めます。
行事そのものより、そのあとに何が残るかのほうが大切かもしれません。子が育ってから、自分がどの社に連れて行かれたかを知る。その社が何を祀り、いつから在るかを知る。そういう形で、土地との関わりが受け継がれていきます。
磐田市内には145社の神社があります。当サイトは、そのすべてについて所在地を整理し、確認できた範囲で祭神・例祭日・大正期の由緒を記録しています。祭神が確認できたのは109社、例祭日は102社です。
初宮参りや七五三で訪ねる社が決まったら、その社のページを見てみてください。何を祀る社で、いつ祭りをしてきたのか。それを知ってから参ると、同じ一日が少し違って残るように思います。
子どもの行事は、家の記憶になります。そのとき訪ねた社が、何を祀り、いつから在り、誰に支えられてきたのか。当サイトの記録が、その記憶に少しでも厚みを加えられればと思います。
子の成長を報告する相手として氏神を選ぶという習慣は、その土地に住み続けることを前提にしていました。転居が当たり前になったいま、同じ形をそのまま続けることは難しいかもしれません。
それでも、いま住んでいる土地の社に参るという形なら、誰にでもできます。生まれた土地の氏神と、いま暮らす土地の氏神と、両方に参ってもよいのです。決まりに縛られるより、自分の暮らしに合う形を選ぶほうが、長く続きます。
当サイトは市内145社を大字ごとに整理しています。行事の前に、一度目を通してみてください。
行事の日に撮った写真は残ります。その背景に写っている社殿が、何百年も同じ場所に建ってきたものだと知っていれば、写真の意味も少し変わってくるでしょう。祭神が確認できたのは109社、例祭日は102社。残りについても、資料が見つかりしだい追記していきます。
出典・参考
- 神社本庁ほか公開資料