参拝の作法L12026-07-29
玉串奉奠の作法 ── 地鎮祭・結婚式・神葬祭で慌てないために
神事で玉串を捧げる「玉串奉奠」の手順を説明します。地鎮祭や神葬祭など、経験する機会は意外と多い作法です。
玉串とは何か
玉串は、榊の枝に紙垂(しで)を付けたものです。神事の際、参列者が神前に捧げます。
榊は常緑樹で、神事に用いられる木として知られます。紙垂は、白い紙を特定の形に切って折ったもので、神域を示す注連縄などにも付けられます。この二つを組み合わせたものが玉串です。
玉串を捧げる行為を「玉串奉奠(たまぐしほうてん)」といいます。神前に自分の心を捧げるという意味があると説明されますが、この解釈も一つに定まってはいません。榊に神が宿るという理解、あるいは供え物の代わりという理解もあります。
いずれにせよ、参列者が自らの手で神前に何かを捧げるという点に、この所作の性格があります。拝礼は身体の動きだけですが、玉串奉奠にはものが介在します。
手順
玉串奉奠の手順は、次のように案内されることが一般的です。
神職から玉串を受け取ります。このとき、右手で根元を上から持ち、左手で葉先を下から支えます。玉串は胸の高さに保ち、やや斜めにします。
案(玉串を置く台)の前まで進み、一礼します。
玉串を時計回りに回します。右手を手前に引きながら、根元が神前を向くようにします。この動作が最も間違えやすいところですが、「根元を神様に向ける」と覚えておけば大きく外しません。
両手で根元を持ち、案の上に置きます。
一歩下がって、二拝二拍手一拝の拝礼をします。神葬祭など弔いの場では、音を立てない忍手で行います。
最後に、神前に背を向けないよう注意しながら、数歩下がって席に戻ります。
どんな場面で行うか
玉串奉奠を経験する機会は、意外と多くあります。
地鎮祭。家を建てる前に土地を清める神事です。施主として参列し、玉串を捧げます。
上棟祭。骨組みが完成した段階で行う神事です。
神葬祭。神道式の葬儀です。仏式の焼香にあたる場面で玉串を捧げます。
結婚式。神前式では新郎新婦が玉串を捧げます。
各種の御祈祷。厄祓い、初宮参り、七五三、車のお祓いなど、社殿に上がって祈祷を受ける場合にも行うことがあります。
このうち、多くの人が最初に経験するのは地鎮祭か神葬祭でしょう。どちらも突然その場に立たされることがあり、手順を知らないと戸惑います。
磐田の実際 ── 依頼できる社が限られる
玉串奉奠を行う神事を依頼したい場合、磐田市内では選択肢が限られます。
当サイトが把握している市内145社のうち、神職が常駐していることを確認できたのは数社です。静岡県神社庁の掲載で各種御祈祷の案内があるのは、矢奈比賣神社(見付)、府八幡宮(中泉)、貴船神社(掛塚)の3社にとどまります。
『静岡県磐田郡誌』(大正10年)を見ると、当時から事情は似ていたようです。同書が「代表者」として神職名を記す社は、市域146件のうち7件にすぎません。しかもそのうち三社――諏訪神社(大当所)、日吉山王神社(上野部)、秋葉神社(新開)――は同じ宮司の名で記されており、兼務であったことが分かります。
地鎮祭を依頼する場合、まず氏神にあたる社を確かめ、その社を管理している神職に連絡するのが筋です。ただし無人の社では連絡先が分からないことも多く、社頭の掲示を確認するか、自治会に尋ねる必要があります。ハウスメーカーや工務店が手配してくれる場合もあります。
神葬祭については、神道式の葬儀を行う家がそもそも多くありません。仏式が大半を占めるなかで、神葬祭に参列する機会は限られます。それでも、参列することになったときのために、玉串奉奠の手順は知っておいて損はないでしょう。
間違えたときは
玉串を回す向きを間違えた、順序が前後した。そういうことは起こります。
神職が案内してくれる場合が多く、その場で正してもらえます。仮に間違えたまま進んでも、咎められることはありません。神事は参列者を試す場ではないからです。
それでも心配なら、前の人の動作を見ておくとよいでしょう。多くの場合、施主や喪主から順に玉串を捧げるので、後の順番の人は前の人を見て学べます。
大切なのは、玉串を丁寧に扱うことです。片手で持たない、振り回さない、置くときに音を立てない。その程度の心遣いがあれば、細部の間違いは大きな問題になりません。
作法は、緊張するために覚えるものではありません。落ち着いてその場にいられるようにするために覚えるものです。手順を知っていれば、次に何をするかを考えずに済み、神事そのものに気持ちを向けられます。玉串奉奠を覚える意味は、そこにあります。
榊という木
玉串に用いる榊についても触れておきます。
榊はツバキ科の常緑樹で、暖かい地域に自生します。一年を通して葉が緑であることから、神事に用いられてきたとされます。地域によっては榊が自生せず、ヒサカキや杉、樅などを代用する例もあります。
磐田は温暖な土地で、榊の自生に適した気候です。神社の社叢には、御神木のほかに神事に用いる木が植えられていることがあります。当サイトは社叢の樹種についてまだ記録を持っておらず、撮影巡回のなかで確認していく予定です。
紙垂の形にも流派があり、吉田流・白川流・伊勢流などと呼び分けられることがあります。切り方と折り方が異なりますが、参列者がその違いを意識する場面はほとんどありません。
玉串料という言葉
御祈祷を依頼する際の謝礼を「玉串料」と呼ぶことがあります。「初穂料」とほぼ同じ意味で使われますが、弔事の場合は「玉串料」を用いるのが一般的とされます。初穂は収穫の喜びに関わる言葉であるため、弔いの場にはそぐわないという理由です。
のし袋の表書きは、慶事なら「初穂料」または「玉串料」、弔事なら「玉串料」「御榊料」とするのが通例です。水引は、慶事が紅白の蝶結び、弔事が黒白または双銀の結び切りです。
地鎮祭の場合は慶事にあたるため、紅白の蝶結びに「初穂料」または「玉串料」と書きます。金額は社によって目安が示されていることが多く、予約の際に尋ねて差し支えありません。
磐田市内で御祈祷を依頼できる社は限られており、静岡県神社庁の掲載で各種御祈祷の案内があるのは3社です。無人の社では御祈祷そのものが行われていないため、玉串料を納める機会もありません。氏神で地鎮祭を依頼したい場合は、その社を兼務している神職に連絡する必要があります。
神事に参列するということ
玉串奉奠は、参列者が神事のなかで役割を担う数少ない場面です。
祝詞は神職が奏上します。修祓も神職が行います。参列者はほとんどの時間、座って見ています。そのなかで、自分の手で神前に何かを捧げるのが玉串奉奠です。見ている側から、関わる側へと立場が移ります。
地鎮祭であれば、その土地に家を建てる当事者として。神葬祭であれば、故人を送る立場として。玉串を捧げる順序は、その神事における立場の順でもあります。施主、設計者、施工者。喪主、遺族、参列者。順番そのものが、関係を表しています。
磐田市内で行われる地鎮祭の多くは、住宅の建築に伴うものでしょう。その土地の氏神を招いて土地を鎮める。自分がこれから暮らす場所の氏神がどの社であるかを知る機会でもあります。当サイトが市内145社を大字ごとに整理しているのは、そうした場面で役立つことも想定してのことです。
形式を覚えることと、意味を理解することは別です。手順を知っていれば、その場で落ち着いていられます。意味を知っていれば、その時間が自分にとって何であったかが残ります。玉串奉奠について書いておきたかったのは、その二つです。
玉串奉奠は、神事のなかで最も緊張する場面かもしれません。参列者全員が見ているなかで、一人ずつ前に出て所作を行うからです。しかし、その緊張は覚えることの多さから来るものではなく、その場が改まった場であることから来るものでしょう。
手順を暗記していても緊張はします。逆に、手順が曖昧でも、丁寧に扱おうという気持ちがあれば形になります。神事は演技ではないので、上手にこなす必要はありません。
当サイトが作法の記事を書くとき、「こうしなければならない」という書き方を避けているのは、作法が人を縛るものになってほしくないからです。知っていれば楽になる。知らなくても参列はできる。そのくらいの位置づけで受け取っていただければと思います。
地鎮祭を控えている方、神葬祭に参列することになった方が、この記事を読んで少しでも落ち着いて当日を迎えられるなら、書いた意味があります。磐田市内の神社については、当サイトの各社ページに祭神・例祭日・所在地をまとめています。自分の土地の氏神がどの社であるかを知る手がかりとして使っていただければ幸いです。
玉串を捧げる所作は、覚えてしまえば一分もかかりません。しかし、その一分のために榊が用意され、紙垂が切られ、案が据えられています。神事は、そうした準備の集積の上に成り立っています。
参列する側は、その準備を見ることがありません。整えられた場に入り、手順に従い、退出する。だからこそ、玉串を丁寧に扱うことが、準備した人への敬意にもなります。
作法とは、突き詰めればそういうものかもしれません。神への態度であると同時に、その場を成り立たせている人への態度でもある。玉串奉奠は、それが分かりやすく形になった所作です。
玉串という言葉を、この記事で初めて知った方もいるでしょう。神事に参列する機会は、多くの人にとって人生に数えるほどしかありません。だからこそ、そのときに慌てずに済むよう、手順と意味をここに書き留めておきます。
地鎮祭も神葬祭も、突然決まることがあります。必要になったときに読み返していただければ、この記事の役目は果たされます。
神事の記憶は、手順ではなく空気として残るものです。
作法は、その場を共に過ごすための共通の言葉でもあります。
出典・参考
- 神社本庁「玉串拝礼」ほか公開資料