神社の基礎資料L12026-07-29

磐田の神社を自分で調べる方法

特定の神社について詳しく知りたいとき、どこを見ればよいか。当サイトが実際に使っている資料と手順を公開する。

まず社名と鎮座地を確定する

特定の神社について調べはじめるとき、最初に必要なのは正確な社名と所在地である。当たり前のようだが、ここでつまずくことが多い。

同じ社名が市内に複数あることは珍しくない。八幡神社は市内に18社、諏訪神社は12社、六所神社は7社ある。松尾神社、天神社、熊野神社、水神社も複数ある。「磐田市の八幡神社」だけでは、どの社を指すのか決まらない。

当サイトが「社名(大字)」という形で表記しているのは、この混同を避けるためである。八幡神社(北島)と八幡神社(南田)は別の社である。まず大字まで特定する。番地まで分かればなお確実で、実際に当サイトでは、坂本神社(篠原)の番地409が郡誌の記載と一致したことで、同一の社であると判断できた例がある。

静岡県神社庁の掲載を見る

県社2社郷社9社村社7社
磐田市内で旧社格が確認できる18社の内訳(『静岡県磐田郡誌』大正10年による)

静岡県神社庁の「静岡県の神社」には、磐田市の神社が146件掲載されている(当サイトは重複1件を統合して145社としている)。社名と鎮座地は全件について確認でき、市内の神社の全体像をつかむにはこれが出発点になる。

ただし、祭神や由緒まで載る社は限られる。磐田市域では、祭神の記載があるのは5件、由緒があるのは3件にとどまる。矢奈比賣神社、府八幡宮、貴船神社(掛塚)といった主要社には詳しい記述があるが、大半の社は社名と住所のみである。ここで行き止まりになったと感じる人は多いだろう。

『静岡県磐田郡誌』を読む

782年1312年諏訪神社(天竜)六所神社(笠梅)淡海國玉神社(見付)八王子神社(下太)王子神社(明ヶ島)天神社(加茂)賀茂神社(加茂)西宮神社(玉越)熊野神社(豊岡)八幡神社(寺谷)八幡宮(新貝)坂本神社(篠原)
資料が伝える創建年代の古い順12社(全34社。いずれも伝承であり同時代史料の裏づけはない)

次に見るべきは、大正10年(1921)刊の『静岡県磐田郡誌』である。第十三章「神社及宗教」に、県社・郷社・村社・無格社の一覧と略記を収める。

一覧表には、社名・祭神・鎮座地(小字まで)・創立年度・例祭日・境内地・氏子戸数・神職名が並ぶ。主要な社にはこれとは別に「略記」があり、由緒の本文、伝わる文書や棟札、合祀の経過などが記される。当サイトの神社ページに載る祭神・例祭日・旧社格の多くは、この資料による。

この本は国立国会図書館デジタルコレクションで全文が公開されており、誰でも無料で閲覧できる。館内限定ではなく、インターネット公開の資料である。第十三章は本文436頁から721頁、コマ番号でいえば325から471にあたる。

読むときの注意が二つある。第一に、縦書き二段組みの表であり、行と列の対応を取り違えやすい。当サイトでは、表の読み取りにあたって画像と全文テキストの双方で照合し、両者が一致した行だけを採用している。第二に、旧字と異体字が多い。「龍」「縣」「舊」「濱」などはそのまま読めるが、判読に迷う字は無理に確定させないほうがよい。

近世の地誌にさかのぼる

六社神社(福田)福田地区/祭神:底津綿津見神六所神社(小島)南部地区/祭神:底津綿津見神六所神社(豊浜)福田地区/祭神:底津綿津見神・中津綿津見神・表津綿津見神・底筒男神・中筒男神・表筒男神六所神社(笠梅)向陽地区/祭神:六所大神六所神社(千手堂)南部地区/祭神:表津少童命六所神社(鎌田)御厨地区/祭神:底津綿津見神六所神社(東小島)福田地区/祭神:未確認六所神社(大平)豊岡地区/祭神:素戔嗚尊
「六所」「六社」を名にもつ8社と祭神(『静岡県磐田郡誌』大正10年による。東小島は記載を見いだせず未確認)

さらに古い時点の記述を求めるなら、『遠江国風土記伝』(内山真龍による近世の地誌)や『遠江国地誌小成』(明治初期)がある。いずれも国立国会図書館デジタルコレクションで公開されている。

これらは郡誌より古い時点の理解を伝えるが、記述はより断片的で、社名の同定も難しい。郡誌が引用している場合も多いので、まず郡誌でどう引かれているかを見てから原典にあたるのが効率的である。

現地で確かめる

1723141561768591210691112
例祭日が判明している102社の月別分布(資料の記載時点。現在の祭日とは異なる場合がある)

資料で分かることには限りがある。最後は現地である。

社頭の由緒板には、資料に載らない情報が書かれていることがある。鳥居や狛犬、灯籠の台座に刻まれた年紀と寄進者名は、その社が支えられてきた歴史を直接に示す。社殿の棟札、境内社の並び、社叢の樹種。これらは行ってみなければ分からない。

当サイトも、資料で得た記述を現地の確認によって補うことを前提にしている。祭神が判明した社であっても、それは大正10年時点の記録であり、現在の公称祭神とは限らない。現地の由緒板と照合してはじめて確かなことが言える。

訪ねるときは、参拝の作法を守り、社務所や住宅を撮影しないなど、最低限の配慮を忘れないようにしたい。無人の社が多い市内では、氏子の方々が日常的に手入れをしている場に立ち入らせてもらうことになる。調べるという行為は、その場を預かっている人たちの上に成り立っている。

調べたことをどう記録するかについても、触れておきたい。

資料から得た記述には、必ず出典を添えておくとよい。書名、編者、刊行年、そして頁またはコマ番号。国立国会図書館デジタルコレクションの資料であれば、資料のID(pid)とコマ番号を控えておけば、誰でも同じ箇所にたどり着ける。当サイトの各神社ページの出典欄が「pid 965680 コマ349」といった形になっているのは、この再現性のためである。

もう一つ、確かめられなかったことを書き留めておくことを勧めたい。どの資料を見て、そこに記述がなかったか。どの点で判断がつかなかったか。これを残しておくと、次に調べるときに同じ道を二度たどらずに済む。当サイトも、六所神社(小島)が郡誌の二つの記述のどちらにあたるか決められないこと、旧富岡村の「氣賀」という小字が現在のどの大字にあたるか確認できていないことを、そのまま書き残している。

神社を調べることは、正解を一つ見つける作業ではない。誰が、いつ、何と書いたかを積み重ねていく作業である。積み重ねの途中であることを隠さずに書いておけば、その記録は次の人の出発点になる。

調べたことをどう記録するか

資料から得た記述には、必ず出典を添えておくとよい。書名、編者、刊行年、そして頁またはコマ番号。国立国会図書館デジタルコレクションの資料であれば、資料のID(pid)とコマ番号を控えておけば、誰でも同じ箇所にたどり着ける。当サイトの各神社ページの出典欄が「pid 965680 コマ349」といった形になっているのは、この再現性のためである。

もう一つ、確かめられなかったことを書き留めておくことを勧めたい。どの資料を見て、そこに記述がなかったか。どの点で判断がつかなかったか。これを残しておくと、次に調べるときに同じ道を二度たどらずに済む。

当サイトも、六所神社(小島)が郡誌の二つの記述のどちらにあたるか決められないこと、八幡神社(豊岡)の二社が江口・次上のどちらにあたるか特定できないこと、旧富岡村の「氣賀」という小字が現在のどの大字にあたるか確認できていないことを、そのまま書き残している。

資料で埋まらない部分を知る

調べていくと、どの資料でも埋まらない領域があることに気づく。

当サイトの場合、145社のうち35社について『静岡県磐田郡誌』に記述を見いだせなかった。石宮神社(太郎馬新田)、開拓神社(飛平松新田)、神明神社(清庵新田)、八幡神社(惣兵衛下新田)。新田や近代の開拓に由来する地名の社が目立つ。

これは資料の欠落というより、郡誌が編まれた大正10年(1921)の時点で、これらの社がまだ記載の対象になっていなかったことを示している可能性が高い。何が書かれなかったかを見ることで、その資料の性格が分かる。そして、別の資料を探すべき方向も見えてくる。新田の社を調べるなら、郡誌ではなく『磐田市誌』や開拓の記録にあたるべきだ、というように。

神社を調べることは、正解を一つ見つける作業ではない。誰が、いつ、何と書いたかを積み重ねていく作業である。積み重ねの途中であることを隠さずに書いておけば、その記録は次の人の出発点になる。

調べる順序のまとめ

これまで述べたことを、順序としてまとめておく。

第一に、社名と鎮座地を大字まで特定する。同名社の混同を避けるため、可能なら番地まで控える。第二に、静岡県神社庁の掲載で存在と所在を確認する。第三に、『静岡県磐田郡誌』第十三章で祭神・社格・例祭日・由緒を探す。コマ325から471の範囲である。第四に、記述が見つからなければ『遠江国風土記伝』『遠江国地誌小成』など近世・明治初期の地誌にあたる。第五に、それでも埋まらなければ『磐田市誌』か現地の由緒板を待つ。

この順序は、資料の網羅性と入手しやすさの両方を考えたものである。神社庁の掲載は全社を覆うが内容が薄い。郡誌は内容が厚いが145社中110社にとどまる。近世の地誌はさらに古い時点を伝えるが、社の同定が難しい。それぞれの資料に得意な範囲がある。

そして最後は現地である。資料でどれだけ調べても、社頭に立ってはじめて分かることがある。鳥居の形、社叢の樹種、石造物の年紀、掲示板に貼られた今年の祭りの案内。資料は現地を見るための準備であり、現地は資料を確かめる場である。その往復が、神社を調べるということの中身である。

最後に、調べるときの心構えを一つ。

神社は、いまも人が使っている場所である。資料のなかの対象ではなく、毎年の祭りがあり、掃除をする人がいて、初詣に来る人がいる。調べるという行為は、その場を預かっている人たちの日常の上に成り立っている。

訪ねるときは、参拝の作法を守り、社務所や住宅を撮影しない。祭礼や神事の最中に立ち入らない。立入りが制限されている区画に入らない。氏子や近隣の方に会ったら挨拶をし、何を調べているかを説明できるようにしておく。当サイトが撮影の規格を定めるにあたって、賽銭箱の内部や錠前、防犯設備が分かる構図を撮らないと決めているのも、同じ考えによる。

資料を読むことと、現地に立つことは、どちらも敬意を要する作業である。書かれたものを正確に扱うことと、いま在るものを大切に扱うこと。この二つは別のことのようでいて、根は同じだと思う。

調べた結果を公開する場合は、出典と時点を必ず添えたい。「〜と伝えられる」という書き方は便利だが、誰が伝えたのかが分からない。「『静岡県磐田郡誌』(大正10年)は〜と記す」と書けば、読み手はその情報の性格を判断できる。当サイトが回りくどい書き方を選んでいるのは、この一点のためである。

出典・参考