神社の基礎資料L12026-07-29

祭神の名はなぜ揺れるのか ── 表記の違いと読み方

同じ神でも、資料によって書き方が違う。磐田の神社の祭神表記を例に、揺れが生じる理由と、読むときの構えを整理する。

同じ神の、いくつもの書き方

八幡神の祭神は、磐田の資料のなかだけでも、誉田別命・誉田別尊・誉陀別命・品陀和氣命と四通りに書かれる。いずれも応神天皇を指す同じ神である。水の神はもっと多い。罔象女神・彌都波能賣神・彌都波能賣命・美豆波能賣能命・水波能女命・岡象女命・水刎命。『静岡県磐田郡誌』(大正10年=1921)という一冊の書物のなかで、これだけの表記が現れる。

神社を調べはじめた人が最初につまずくのが、この表記の揺れである。別の神なのか、同じ神なのか。資料によって書き方が違うのは、どちらかが間違っているのか。結論から言えば、多くの場合は同じ神であり、どちらも間違いではない。

揺れが生じる四つの理由

誉田別命14社素戔嗚尊10社伊邪那美命7社大山咋神7社建御名方命7社天児屋根命6社菅原道真公5社罔象女神5社天之忍穂耳命4社大山祇命4社
祭神別の奉斎社数 上位10柱(祭神が判明した社から集計。全58柱)

第一に、古典に現れる表記そのものが一つではない。『古事記』と『日本書紀』では、同じ神の名が別の漢字で書かれることが多い。どちらを採るかで表記が分かれる。

第二に、社に伝わった書き方が地域や時代で分かれた。神職や氏子が代々書き継いできた文書のなかで、用字は少しずつ変化する。棟札に刻まれた字、明細帳に書かれた字、由緒板に彫られた字が、それぞれ違うということが起こる。

第三に、明治期の届出である。神社の祭神を行政に届け出る際、書き手が用字を選んだ。同じ村の複数の社を一人の神職がまとめて届け出れば表記はそろい、別々に出せばばらつく。磐田の資料で、同じ社掌の担当する社の表記がそろっている例があるのは、このためかもしれない。

第四に、活字化の過程である。手書きの原簿を活字にするとき、旧字・異体字の扱いで違いが生じる。さらに現代では、その活字をOCRで読み取る過程でも誤りが混じる。当サイトが郡誌の記述を採用する際、必ず原本の画像を確認しているのは、この最後の段階での誤りを避けるためである。

当サイトの扱い方

六社神社(福田)福田地区/祭神:底津綿津見神六所神社(小島)南部地区/祭神:底津綿津見神六所神社(豊浜)福田地区/祭神:底津綿津見神・中津綿津見神・表津綿津見神・底筒男神・中筒男神・表筒男神六所神社(笠梅)向陽地区/祭神:六所大神六所神社(千手堂)南部地区/祭神:表津少童命六所神社(鎌田)御厨地区/祭神:底津綿津見神六所神社(東小島)福田地区/祭神:未確認六所神社(大平)豊岡地区/祭神:素戔嗚尊
「六所」「六社」を名にもつ8社と祭神(『静岡県磐田郡誌』大正10年による。東小島は記載を見いだせず未確認)

当サイトは、二つの層を分けている。

データとしての祭神名は、deities.json という一覧で正規化している。「罔象女神」を正規名とし、彌都波能賣神・美豆波能賣能命・水波能女命・岡象女命を別名として登録する。こうしておけば、祭神別の一覧で同じ神を一つにまとめて数えられる。表記が違うだけで別の神として数えてしまうと、分布が見えなくなる。

一方、本文の記述では資料の表記をそのまま用いる。六所神社(千手堂)の祭神は、郡誌の記載どおり「表津少童命」と書く。これが綿津見三神の一柱の別表記であることは、注記で示す。正規化した名で本文を書き換えてしまうと、資料が何と書いていたかが失われてしまうためである。

この方針は、設計上の判断である。データは揃えたい、しかし資料の姿は残したい。この二つは両立しないように見えて、層を分ければ両立する。

表記の揺れと、祭神の変更

1723141561768591210691112
例祭日が判明している102社の月別分布(資料の記載時点。現在の祭日とは異なる場合がある)

気をつけたいのは、表記の揺れと、祭神そのものの変更を区別することである。

明治の神仏分離により、牛頭天王を祀っていた社が素盞嗚尊を祭神とするようになった例は各地にある。磐田市内でも、須賀神社(西貝塚・鎌田)、八坂神社(藤上原)、八雲神社(川袋・下岡田)、津島神社(大久保)といった社名の社が、いずれも素盞嗚尊系の祭神を挙げる。これらは表記の揺れではなく、明治期に祭神の名が改められた可能性が高い。八雲神社(下岡田)の鎮座地の小字が「天王」であること、津島神社(大久保)の小字が「天王前」であることは、その傍証になる。

山王神社(浜部)の祭神を郡誌が「大山祇命」と記すのも、考えどころである。山王すなわち日吉の祭神は大山咋神であり、大山祇命とは別の神である。両者は名が似ており、しばしば混同される。明治期の祭神整理の過程で取り違えが生じた可能性もあるが、断定はできない。当サイトはこの社について「近世以前の祭祀対象は確認中」と記している。

読むときの構え

県社2社郷社9社村社7社
磐田市内で旧社格が確認できる18社の内訳(『静岡県磐田郡誌』大正10年による)

ある神社の祭神を調べていて、複数の資料で名前が違っていたとき。まず疑うべきは表記の違いである。読みが同じか、字面が近いか、どちらかが古典の別表記でないかを確かめる。

それでも説明がつかないとき、はじめて祭神そのものが変わった可能性を考える。改称の時期、神仏分離との関係、合祀による追加。そこまで踏み込むには資料が要るが、少なくとも「表記が違う=別の神」と早合点することは避けられる。

最後に、表記の揺れが持つもう一つの意味に触れておきたい。揺れがあるということは、その神の名が、書き言葉として固定される前から呼ばれていたということである。文字で決められた名を後から当てはめたのではなく、先に信仰があり、あとから字が選ばれた。表記の多様さは、そのことの痕跡でもある。

とくに水の神の表記が多いのは示唆的である。罔象女神・彌都波能賣神・美豆波能賣能命・水波能女命・岡象女命・水刎命。天竜川と太田川の流域に水神社が点在する磐田で、これだけの書き方が並ぶ。それぞれの社が、それぞれの経路で名を書き留めてきたのだろう。

正規化は調べるための技術であって、信仰の実態ではない。当サイトが一覧では名を揃え、本文では資料の表記を残すという二層の扱いをしているのは、この区別を保つためである。データとして扱いやすくすることと、資料が伝えている姿を残すことは、どちらも必要である。

市内の表記を並べてみる

当サイトが145社について確認した祭神名は58柱にのぼる。そのうち、表記の異なりを別名としてまとめた結果、実質的に同じ神とみられるものがいくつもある。具体例を挙げる。

八幡神。誉田別命(八幡神社・北島ほか)、誉田別尊(八幡神社・中野ほか)、誉陀別命(八幡神社・南田)、品陀和氣命(八幡神社・寺谷)。四通りの表記が市内に共存する。誉田別命を祀る社は14社を数え、市内で最も多く祀られる神である。

水の神。罔象女神を正規名とし、彌都波能賣神(水神社・大中瀬)、美豆波能賣能命(水神社・大立野)、水波能女命(水神社・匂坂上)、岡象女命(飯布水神社・向笠新屋)、水刎命(水神社・匂坂西)を別名として扱う。5社に祀られる。

素戔嗚尊。須佐之男命、素盞嗚命、素盞男尊、健速須佐之男命、須佐男之命。10社に祀られ、八幡神に次ぐ。牛頭天王からの改称を含む可能性が高い群である。

綿津見神。表津綿津見神、上津綿津見神、表津少童命。「少童」と書いて「わたつみ」と読ませる表記があることは、六所神社(千手堂)の祭神を読み解くうえで重要だった。字面だけを見れば別の神に見えるが、読みが同じであり、同じ六所神社の系列で用いられていることから、同一の神とみてよい。

正規化がもたらすもの

表記を正規化すると、それまで見えなかったことが見えてくる。

たとえば大山咋神。大山咋命・大山昨命という表記で、市内7社に祀られる。これを別々に数えていれば、松尾神社(新島・刑部島・長須賀・小中瀬・海老島)と坂本神社(篠原)、野邊神社(敷地)が同じ神を祀っていることに気づけない。松尾と坂本と野邊。社名は三通りだが、祭神は一つである。京都の松尾大社と日吉大社の祭神が同じであることを思えば、この一致は市内の信仰の系譜を考える手がかりになる。

逆に、正規化しすぎることの危うさもある。大山祇命と大山咋神は名が似ているが別の神である。山王神社(浜部)の祭神を郡誌は大山祇命と記すが、山王すなわち日吉の祭神は大山咋神である。これを「似ているから同じ」と処理してしまうと、資料が伝えている食い違いが消えてしまう。当サイトはこの二柱を別の神として登録し、山王神社(浜部)については「近世以前の祭祀対象は確認中」と記している。

資料をまたぐときの照合

複数の資料を突き合わせるとき、表記の揺れは実務的な障害になる。県神社庁が「加具土命大神」と記す神を、当サイトは「火之迦具土大神」として登録している。郡誌が「表津少童命」と記す神は「表津綿津見神」に寄せた。こうした対応を一つずつ決めておかないと、同じ神を二重に数えてしまう。

逆に、寄せてはいけない場合もある。「六所大神」は六柱をまとめた呼称であって、特定の神の名ではない。当サイトはこれを独立した項目として登録し、綿津見神に寄せることをしていない。内訳が分からないものを、分かっているものに合わせて処理すると、分からないという事実が消える。

照合の結果はデータに残す。当サイトの deities.json には、正規名・別名・注記が並んでいる。ある表記がどの神に寄せられたのかを、後から確認できるようにするためである。判断の履歴を残しておけば、誤りが見つかったときに戻せる。

最後に、表記の揺れが持つもう一つの意味に触れておきたい。揺れがあるということは、その神の名が、書き言葉として固定される前から呼ばれていたということである。文字で決められた名を後から当てはめたのではなく、先に信仰があり、あとから字が選ばれた。表記の多様さは、そのことの痕跡でもある。

とくに水の神の表記が多いのは示唆的である。天竜川と太田川の流域に水神社が点在する磐田で、六通りもの書き方が並ぶ。それぞれの社が、それぞれの経路で名を書き留めてきたのだろう。書き方が一つに定まらなかったということは、中央から一律に指示されたのではなく、村ごとに祀られてきたということでもある。

正規化は調べるための技術であって、信仰の実態ではない。当サイトが一覧では名を揃え、本文では資料の表記を残すという二層の扱いをしているのは、この区別を保つためである。データとして扱いやすくすることと、資料が伝えている姿を残すことは、どちらも必要である。どちらか一方だけを選べば、失われるものがある。

なお当サイトは、祭神名の正規化にあたって『古事記』『日本書紀』のどちらの表記を採るかを一律に決めていない。市内の資料で多く使われている表記を正規名に採り、他を別名として登録するという実務的な方針をとっている。たとえば水の神は「罔象女神」を正規名としたが、これは郡誌に頻出する表記に近いという理由による。学術的な正しさではなく、この土地の資料を扱いやすくするための選択である。

出典・参考