参拝の作法L12026-07-30
代理参拝と遥拝 ── 本人が行けないとき、遠方にいるとき
本人の代わりに参拝する代理参拝と、遠くから神社の方角へ向かって拝む遥拝について、一般的な考え方を整理し、無人の社が大半という磐田で成り立つ形を考えます。
代理参拝とは
代理参拝は、本人が神社に行けないときに、別の人が代わりに参拝することです。
入院している、遠方に住んでいる、高齢で外出が難しい。そうした事情で本人が行けない場合に、家族や知人が代わりに参ります。
これを認めるかどうかについて、全国共通の規定はありません。多くの社では、代理での御祈祷を受け付けています。祝詞のなかで本人の住所・氏名・生年月日が読み上げられ、授与されたお神札や御守を本人に届けるという形です。
一般の参拝についても、代理が不可とされることはありません。拝殿の前で本人のことを念じて手を合わせる。それを妨げる決まりはありません。
歴史的には、代理参拝の習俗は各地にありました。伊勢参りを村の代表者が行う「代参」という形が知られています。講を組んで積み立てをし、籤で選ばれた者が代表して参るという仕組みです。全員が行けないという前提のもとで、代理という形が制度化されていたことになります。
つまり、代理参拝は例外的な扱いではなく、古くから行われてきた形の一つです。当サイトは、代理では意味がないという書き方をしません。
依頼するとき、頼まれたとき
代理参拝を依頼する場合、伝えるべきことがあります。
本人の氏名、住所、生年月日。御祈祷を依頼するなら、祝詞に読み上げられるため必要です。願意も伝えます。厄祓い、病気平癒、安産といった区分です。
初穂料は依頼者が負担するのが通例です。金額の目安は社によって示されていることが多く、予約の際に尋ねて差し支えありません。のし袋には「初穂料」または「玉串料」と表書きし、下段には御祈祷を受ける本人の氏名を書きます。代理人の名ではありません。
頼まれた側は、社務所で代理であることを伝えます。受付用紙には本人の情報を記入します。玉串奉奠がある場合は代理人が行います。
授与されたお神札や御守は、本人に渡します。お神札は神棚に納め、神棚がなければ目線より高い清浄な場所に立てて祀ります。一年を目安に社へ納めます。
一般の参拝を代理で行う場合は、これらの手続きは要りません。拝殿の前で、本人のことを念じて手を合わせる。それだけです。
遥拝とは
遥拝は、遠く離れた場所から、神社の方角へ向かって拝むことです。
「ようはい」と読みます。社に行けない場合に、その方向へ向かって拝礼するという形です。
神宮遥拝という形が知られています。伊勢神宮の方角へ向かって拝む。学校や役所で行われた時期もありました。
家庭では、神棚がその役目を果たします。神棚は家のなかにお神札を祀るための棚ですが、そこに向かって拝むことは、そのお神札が発せられた社へ向かって拝むことでもあります。
三社造の宮形なら、中央に神宮大麻(伊勢神宮のお神札)、向かって右に氏神のお神札、向かって左に崇敬する神社のお神札を納めます。一社造なら手前から同じ順に重ねます。神棚に手を合わせるという行為は、この三つの社へ向かって同時に拝んでいることになります。
遥拝が有効かどうかを問うことに、当サイトは意味を見ません。有効性を測る対象ではないからです。行けないときにその方向を向いて拝むという形が古くから行われてきた、という事実だけを記します。
磐田の実際 ── 氏神は近くにある
ここからは磐田の事情です。
市内145社は9つの地区に分かれています。南部25社、豊岡23社、竜洋22社、豊田21社、福田17社、御厨17社、向陽11社、中泉6社、見付3社。112の大字に分布しており、豊岡に6社、中泉・富里・大原に各4社があります。
これだけ細かく分布しているということは、市内に住む人の多くにとって、氏神が歩いて行ける距離にあるということです。遥拝や代理参拝を必要とする距離ではありません。
一方、遠方に移った人にとっては事情が違います。生まれた土地の氏神に参りたいが、簡単には帰れない。そうした場合に、代理参拝や遥拝という形が意味を持ちます。
当サイトが145社の一覧を大字ごとに整理しているのは、そうした方にも使ってもらえるようにという意図があります。自分が育った大字にどの社があり、何を祀り、いつ祭りをしてきたのか。それが分かれば、遠くからでもその方向を向くことができます。
祭神が確認できたのは109社、例祭日は102社、大正期の由緒は112社。残る35社については『静岡県磐田郡誌』に記載を見いだせず、現地の由緒板や棟札による確認が必要な状態です。
御祈祷を代理で受けられる社
代理での御祈祷を依頼したい場合、磐田市内では選択肢が限られます。
当サイトが把握している市内145社のうち、神職が常駐していることを確認できたのは数社にすぎません。静岡県神社庁の掲載で各種御祈祷の案内があるのは、矢奈比賣神社(見付)、府八幡宮(中泉)、貴船神社(掛塚)の3社にとどまります。
『静岡県磐田郡誌』(大正10年)を見ても、同書が「代表者」欄に神職名を記す社は市域146件のうち7件にすぎず、うち三社――諏訪神社(大当所)、日吉山王神社(上野部)、秋葉神社(新開)――は同じ宮司の兼務です。百年前から、神職の常駐する社は限られていました。
氏神が無人の社である場合、その社では御祈祷が行われていないため、代理参拝も一般の参拝という形にとどまります。拝殿の前で本人のことを念じて手を合わせる。それでも代理参拝は成り立ちます。
御祈祷を伴う代理参拝を希望する場合は、社務所のある社に依頼することになります。氏神でなくとも差し支えないという考え方が一般的です。
兼務の神職に依頼すれば、氏神の社殿で御祈祷を受けられる場合もあります。ただし無人の社では社殿の鍵の管理や設えの準備が必要になるため、氏子総代を通じた相談が要ります。
代参という仕組み
代理参拝を考えるとき、かつて村の単位で行われていた代参の仕組みが参考になります。
講を組み、積み立てをし、籤で選ばれた者が代表して遠方の社に参る。帰ってきたらお神札を配る。全員が行けないという前提のもとで、順番に代表を出すという形です。
この仕組みが成り立つには、村としてのまとまりが必要でした。『静岡県磐田郡誌』(大正10年)は各社の氏子戸数を記録しています。八雲神社(川袋)の1215戸、田中神社(中泉)の1100戸、八王子神社(前野)の1030戸という大きな社がある一方、浅間神社(小島)は8戸、神明神社(東平松)は8戸、金山神社は5戸という記載もあります。
数戸から千戸まで幅がありますが、いずれも氏子として名を連ねる家がはっきりしていました。代参の代表を出すという仕組みは、その名簿の上に成り立ちます。
市内の系統別の分布を見ると、山岳・修験信仰系が23社、神明・伊勢系が8社あります。秋葉山への信仰や伊勢参りは、こうした代参の仕組みを伴って営まれたと考えられます。
ただし、当サイトは市内の講の実態を確認できていません。『静岡県磐田郡誌』は各社の社格・祭神・例祭日・由緒を記録していますが、講の組織までは記していません。現地の聞き取りが必要な領域です。
行けないときにできること
本人が行けない場合にできることを、整理しておきます。
家族や知人に代理を頼む。御祈祷を伴う場合は、社務所のある社に依頼し、本人の氏名・住所・生年月日と願意を伝えます。授与品を本人に届けます。
神棚に手を合わせる。お神札を納めた棚に向かって拝むことは、そのお神札が発せられた社に向かって拝むことでもあります。
社の方角を向いて拝む。遥拝です。厳密な方角を確かめる必要はないでしょう。おおよその方向で足ります。
そして、行けるようになったときに参る。多くの場合、これが最も自然な形です。数か月あるいは数年遅れても、その社が消えているわけではありません。
当サイトが市内145社を記録しているのは、いつか訪ねる人のためでもあります。いま行けない人が、行けるようになったときに何を見るべきかを知っておけるように。それが記録を残す意味の一つだと考えています。
形より続けること
代理参拝も遥拝も、本人が現地に立つことの代わりです。代わりであるという性格は消えません。
それでも、代わりの形があることには意味があります。行けないから何もできない、ということにはならないからです。
神社との関わりは、一度の参拝で完結するものではありません。年ごとに参る、節目に参る、祭りの日に参る。その反復が関わりを作ります。行けない年があっても、別の形で続けられるなら、関わりは切れません。
磐田市内には145社の神社があります。その大半は無人で、参拝者もまばらです。それでも社殿は建ち、祭りは続いてきました。氏子が数戸という社もあります。続けるということは、そういうことです。
遠方に移った方、体調で足を運べない方が、それでも氏神を思い出す。その手がかりとして当サイトの記録を使っていただければと思います。祭神が確認できたのは109社、例祭日は102社。分からないものは分からないと記しています。
お守りを送るということ
代理で受けた御守やお神札を、遠方の本人に郵送することがあります。
これについて禁じる決まりはありません。平らな封筒に入れ、折れないようにして送ります。神棚に納めるお神札であれば、立てて祀れる状態で届くよう包みます。
受け取った側は、目線より高い清浄な場所に祀ります。神棚があればそこへ納めます。一年を目安に、近くの社の古札納所へ納めるか、受けた社へ返すことになります。
遠方の氏神から届いたお神札を、いま住む土地で祀り、やがて近くの社に納める。そういう形も差し支えないとされます。厳密に扱おうとすると身動きが取れなくなるため、できる範囲で丁寧にするという程度でよいでしょう。
出典・参考
- 神社本庁ほか公開資料
- 静岡県神社庁 神社紹介ページ
- 『静岡県磐田郡誌』(磐田郡教育会編・1921/国立国会図書館デジタルコレクション pid 965680)